2016年06月30日

「福岡県の山」、刊行

6月30日(木)

山岳誌・山と渓谷社発行の、『福岡県の山』が刊行されます。

・写真をクリックすると、拡大されます。

2016_0629_083556-P6290002.JPG

4回目の改定版にあたり、今回は尾根歩きの魅力を堪能するコースが
たくさん設定され、県内の59座が掲載されている。
知っているようで知らない山や、コースの紹介で思わず読み進んでしまう。

2016_0629_085245-P6290013.JPG

2016_0629_084146-P6290010.JPG

県内の山地、独立峰を四つのブロックに分けて紹介してあり、福岡市、
北九州市、飯塚市、久留米市などを起点に、アクセスを含めて、初、中級クラスの
登山者が無理なく歩ける行程になっている。

県内の山の花図鑑もあり、希少種は山名を伏せるという配慮もされている。

2016_0629_084023-P6290007.JPG

2016_0629_083936-P6290005.JPG

英彦山は、窟・鬼杉・鎖場を登る南岳コースと、北西尾根から中岳・北岳を
周回するコースが紹介されている。

英彦山を担当されている五十嵐さん、いつもながらの的を得た、そして臨場感の
ある文章と、素敵な写真有難うございます。
次回の英彦山登山、またご一緒しましょう。

★ つれづれに一句

  読み継げる 一書のありて 明け易し   Yamahiko
    ・よみつげる いっしょのありて あけやすし




posted by やまひこ at 00:00| メディア

2016年06月29日

油木ダム、放流

6月29日(水)

2016_0628_093500-P6280008.JPG

降り続く雨に、満水になった油木ダムです。
英彦山を源流とする満々と湛えられた湖面に、豊かな景色だと思いながらも
どこかに自然への恐れのようなものを感じます。

・写真をクリックすると、拡大されます。

2016_0628_114725-P6280034.JPG

滅多に見られない、放流の場面に行き会いました。

★ つれづれに一句

  万緑の ダム白銀の 水吐けり   Yamahiko
    ・ばんりょくの だむしろがねの みずはけり


2016_0628_115523-P6280041.JPG

2016_0628_114113-P6280030.JPG

下流の集落を突き抜けて、轟々とうねりながら流れて行く。

★ つれづれに一句

  源流は 英彦の一滴 梅雨荒るる   Yamahiko
     ・げんりゅうは ひこのいってき つゆあるる



posted by やまひこ at 00:00| 歳時記

2016年06月28日

英彦山小学校のこと

6月28日(火)

2016_0625_175407-P6250004.JPG

空撮りで、このブログでよく登場している花見ヶ岩。
英彦山の集落全景が見渡せる、と云う事もありお気に入りスポットです。
集落の中程参道沿いに白いコンクリートの建物が見えていますが、かつての
英彦山小学校です。
標高600M山の中腹にあった英彦山小学校、こうやって見ると山と谷に
囲まれているのがよく分かりますね。

2016_0625_174944-P1640674.JPG

平成13年度の卒業生を以って、学び舎としての126年の長い歴史の幕を閉じた。

最後の卒業式当日は、テレビ、新聞各社が駆けつけその様子が報じられ、当時の
新聞記事を見ると、どれもが「山伏の里の学校・・」、「毎日が修行の場・・」
「山伏の小学校その歴史に幕・・」など、英彦山ならではの前置きがある。

元来英彦山は向学心に篤い土地柄のようで、室町時代にはすでに、四王寺と云う
学問所があり、近在の子弟も通っていたようで、そのうちの一人の少年を題材
とした謡曲「花月」が世阿弥元清によりつくられている。
この四王寺があったという谷は、四王寺滝ですっかりお馴染みですね。

山伏の階級にも、修験道の教義だけでなく、さまざまな分野の学問専門職が
あったと云い、修行だけに明け暮れていたわけではなかった。

2016_0626_150520-P1640778.JPG

2016_0626_150531-P1640779.JPG

時代を経て、江戸後期の詩人、儒学者であった広瀬淡窓が現在の日田市に
起こした私塾咸宜園にも山伏の子弟二十三人が学んでいる。

淡窓の弟子、長梅外・三州親子が英彦山に私塾を設けたのも、この頃で
その跡が参道の中程にある。
山伏は人々の指導者の立場でもあったので、心身の鍛錬を怠らずに続けられた
ということになる。
修験道に終末を迎えた明治7年小さな学問所が開かれ、その2年後英彦山
小学校が創立された。

そして時は流れ平成となり、閉校になった跡地はスロープカーの駅舎として
人々が行き交う場になっている。
英彦山小学校の歴史の奥からも見えてくる、山伏社会の歳月です。

★ つれづれに一句

  夏霧や 歳月流れ 易きこと   Yamahiko
    ・なつぎりや さいげつながれ やすきこと


本日のおまけ。

2016_0620_152535-P6200016.JPG

苔まみれ〜!




posted by やまひこ at 00:00| 史跡ご案内