2017年03月03日

東峰村福井の摩崖仏へ

3月3日(金)

英彦山周辺に点在している修験道遺跡、神社仏閣、それを丹念に訪ね歩く事を今年の目標の
一つにしようと思い立ち、云わば「英彦山関連遺跡探訪強化年」ですね。
それが、早くも3月になった。
その間は幾つかの英彦山の大行事社(高木神社)や、山にも登っていたが、もう寒さも雪の心配も
なくなり動きやすくなった。

という訳で今回は、東峰村福井の「次郎坊太郎坊摩崖仏」と、「小松の摩崖不動明王」の探訪です。
色々調べるとその場所は、日田彦山線の宝珠山駅から北西約700Ⅿ、線路西側の村道沿い、とあり
とにかく行ってみよう〜。

・写真をクリックすると、拡大されます。

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想像はしてはいたが、やはりここも分かり難かったですね。
いったんは道を間違え困っていると、通りかかった村人Åさんが「こっちじゃないよ、あっち・・」と
親切に地図を書いてくれて、これが実に的確でピタリと到着できた。
村道沿いに、高さ3Ⅿほどを見上げるとそれはあった。

伝承では、鎌倉時代正和年間、父の仇討を捜す山伏刀鍛冶の岩下金剛兵衛一派の
太郎・次郎の兄弟が、福井村に来て刀鍛冶に励んでいたが、そこで敵と遭遇し
敵討ちを挑み、返り討ちにあい殺された。
そこで子孫が供養のために摩崖仏を彫ったと伝えられる。
大日如来・釈迦如来・阿弥陀如来・普賢菩薩など七体の尊像を彫刻された。

山伏刀鍛冶といえば、英彦山の定秀を思い出す。
元々は学問僧であった定秀は、後の彦山鍛冶の始祖ともいわれ、四王寺滝の取り口として今では
すっかりお馴染みになった、「衣ヶ池」付近がその坊跡ではないかと伝わります。

刀鍛冶の伝承が、ここ東峰村にもあるとは。

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長年の風雪で欠けたり薄れたりしているが、思いっきり望遠で覗くと残像と梵字が遺されている。

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野の花が供えられた小さな祠と、道沿いに鎮座する猿田彦。
集落の人たちの、素朴な心持ちが伝わって来るようですね。

そこから少し南下すると、「小松の摩崖不動明王」があります。

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村道から西側の岩肌を見上げると、極彩色の不動明王が見えている。
彩色は後世にされたものだろうが、不動明王は山伏達の信仰の対象物であり、心の柱でもあった。
それがここにあるという事は、一帯が山伏の行場であったことを物語っているようです。

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釈迦堂は開けられており、かすかに線香の匂いもして朝一番に誰かの参拝があったことを
窺わせている。
今でも、地域の人たちにちゃんと守られているんだな。

近所の人が出て来られて、コンニチハ〜、何かの調査ですか〜?
イエイエ、英彦山から来ました、史跡巡りが好きなんですよ〜、熱心に写真を撮ったりしていたので
不思議に思われたようです。
聞けばこの地域は昔から英彦山信仰が篤い土地柄で、英彦山詣での人たちの行き交いも盛んだったという。
そういえば・・・日田方面から、小石原街道に通じている。

あれこれ昔の話を聞き、よかったらお茶でも飲んでいってください、どうぞ〜〜、と誘っていただき
有難いやら、恐縮するやらでした。
次の予定がありますから・・と失礼したが、地元の人から話を聞けたのが一番の収穫で嬉しかった。

東峰村福井は、昔を今に語り継ぐ穏やかな里でした。
                  (参考文献・英彦山総合調査報告書)

★ つれづれに一句

  語り継ぐ 昔むかしの うららけし   yamahiko
    ・かたりつぐ むかしむかしの うららけし




posted by やまひこ at 00:00| 史跡ご案内