2017年03月25日

日田市鶴河内の大行事社へ

3月25日(土)

英彦山の高木神社(大行事社)巡り、きょうは日田市鶴河内山田の大行事社です。

〜〜〜平安時代の頃、英彦山の神領である七里四方を守護する為に、設けられたその数四十八社、
それは大行事社と称されており、明治になり高木神社と改められました。
当時は政務も取り仕切るような、地域の中心機関でもあったようです〜〜〜

調べに調べて大体の場所は見当をつけて行ったので、迷うことなくピタリと到着しました。

・写真をクリックすると、拡大されます。

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英彦山を出て、東峰村、宝珠山を抜け、日田へ向かう県道671号大鶴熊取線を行くと、下り坂になり
そこから右折した集落の中ほどにそれはあった。
山を背景にしてあまりにも景色にとけこみ、目の前に到着していながら一瞬分からずに、畑仕事を
していた村人Aさんに、「大行事社はどこですか〜?」、「あぁ、ほらそこだよ〜」。

鳥居の扁額には、まさに「大行事社」と刻まれている。

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本殿は静謐そのもので、周りには田んぼが広がっているが、まだ田起こしも始まっておらず
静かでのどかな風景だ。

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先ほどの村人Aさんが、他所からの参拝人が珍しいのか色々話してくれた。

「この神社は英彦山と深い縁があってね、昔は英彦山から山伏さんが来て、家毎に回っては
法螺貝を吹いて、それを頭にかざして(「貝伏せ」のことか?)くれてね・・・」。
おらが村の神社、として自慢げでもあるような口調に、聞いているこちらも嬉しくなる。

その英彦山から参りました、と答えると「よく来てくださった」と大いに喜ばれた。

それにしても、かつては英彦山の神領の津々浦々にまで檀家廻りがされていたことを、
地元の人から聞けたことが何よりの収穫でした。

ところで、県道の分岐点に建っていた石柱が気になりました。

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左側の方を懸命に読んでみると、どうやら道標かなと。
東西南北が頭に付いて日田市内の地名が書かれています。

東 三花村大字三和21町12間  西 朝日村大字二串28町33間
南 朝日村大字小迫15町18間  北 大鶴村大字鶴河内1里33町25間4尺
明治23年12月建設

他は読みこなすことはできないが、まさに道の基準となる地点を表しているようで、この一帯が
人や物の往来で賑わっていたことの名残のように思えるのです。

★ つれづれに一句

  読み難き 故事来歴や 春寒し   yamahiko
    ・よみがたき こじらいれきや はるさむし

本日のおまけ。

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カワラヒワ、黄色が鮮やかだ。
鳥たちも、賑やかになってくる頃。


posted by やまひこ at 00:00| 史跡ご案内