2014年08月30日

中元寺の、河童伝説

8月30日(土)  曇り

英彦山の全容が望めるスポットでもある、中元寺の里。

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田園地帯が広がり通りかかる度に英彦山を観るが、あいにく雲が掛かり
残念だな・・・、という事ではなく、今日はこの一帯に残るカッパ伝説の
お話しです。

天狗や鬼と共に、河童伝説は各地にあるが、ここ中元寺はどういう話かと云うと、

昔、中元寺は虫生の庄といって、芦がしげる湿地が多くあった。ある日の夕方のこと、一人の子供のような者が、民家を訪ね「今夜大雨が降って山が抜けるから逃げておくれ」といって回った。
人びとは、おかしなことだなあと思いながらも、避難をした。やがて夜になると、予告どおり大雨で川ははんらんし、猿渡あたりは山崩れが起こった。
これをみた村人は「あの子供は、瀬成の神に仕えているカッパに違いない、よくぞ知らせてくれた」と、カッパをかわいがってやることになった。
 そうするとカッパはつけあがり、田畑を荒したり、子供を川に引き込んだりして村人を困らせるようになった。それで瀬成の神様は大変立腹されて、カッパに対し「悪さをするなら出て行け、心を入れかえるなら中元寺におらせるが」としかりつけた。
これにはカッパもこたえて反省し、石に詫び証文を書いて神様に差し出した。それ以後、中元寺の人びとは水難にあうことはなくなった。
カッパの詫び証文石は、瀬成神社参道入口右側のハゼの木の根元に抱きこまれたようになって残っている。
                        添田町役場H・Pより転載

カッパが書いた詫び証文石は、現在はこの近くに河童大明神として祀られている。

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大明神まで格上げされているとは、スゴイですね。

むやみに子供たちが川に近づかないようにとか、水難に遇わぬように
日頃から気を付けるようにとか、戒めるためにも人々の信仰を集めて
来たという証しなのかも知れません。

添田町には、幾つかのカッパ伝説が遺されている。

去年登った、添田から赤村にまたがる犢牛岳(こっといだけ)。
その事は、こちらから。
http://hikosan.sblo.jp/archives/20130207-1.html
http://hikosan.sblo.jp/archives/20130227-1.html

この山にもカッパの話が伝えられ、それには英彦山の山伏が登場する。
それらの事は、おいおい書きたいと思います。

★ つれづれに一句

  読み継げる 古き文書や 秋灯し    yamahiko
・よみつげる ふるきもんじょや あきともし


posted by やまひこ at 06:55| 史跡ご案内