2018年02月26日

鷹窟、大行事社へ

2月26日(月)

伊良原ダムからまず向かったのは、岩屋河内地区にある英彦山ゆかりの鷹窟です。

くねくねと細い山道を進み林道に合流、小さな標識に導かれるようにして到着したが、この何年かの
内に、辺りはすっかり変わっておりいささかビックリ。
この後で行く伊良原大行事社と共に、6年前に勉強会で来ていてそれ以来だ。
http://hikosan.sblo.jp/article/58710378.html

英彦山から近くそれ故にいつでも来れると思っている内に、足が遠のいていたことになる。

・写真をクリックすると、拡大されます。

P2240027.JPG

P2240028.JPG

鷹窟を、下から見上げる。

鬱蒼とした杉林は見事になくなりカラりと明るく、ジグザグに登りやすいように歩道が整備されているが
その中に、200段ほどの苔むした石段が昔を物語るようにそのまま遺されている。

P2240036.JPG

英彦山流記(1213年)には、英彦山神領内にある四十九窟の内、第十一窟の鷹窟・・とあり
凝灰岩の断崖の下に社が鎮座し、当地では鷹窟大権現と称されている。
ここまで来ると、以前のまま霊気が充ちている。

窟というのは山中の巨岩、懸崖の裾に自然が形作った岩場を利用した山伏達の修行の場で、この鷹窟は
特に大きく訪れた人は圧倒されるだろうし、最近はパワーポイントとして注目されていると云う。

南の方向には眺望の良い場所や、「針の耳」と云われる奇岩があるので行こうとしたが、鹿よけ
ネットが2重3重に張り巡らされ、これは進入禁止なんだろうと引き返しました。

次は、伊良原大行事社へ。
大行事社とは、
話は平安時代まで遡りますが、英彦山の神領である七里四方を守護するために、四十八の大行事社が
祀られ、明治時代に高木神社と改称されました。
万物創成の神である高皇産霊神(たかみむすびのかみ)を主祭神としています。

伊良原には上社と下社があり、この度のダム建設のためにそれぞれが新築移転され、以前の古色蒼然と
した社殿の面影はなくなり、ピカピカになっていた!

P2240016.JPG

P2240017_collage.jpg

P2240022.JPG

上社。

P2240055.JPG

P2240054_collage.jpg

P2240059.JPG

下社。

神社仏閣は歴史を経た古色を重んじたくなり、もっと言えば有難く感じるものだが、地域住民には
心の拠り所であることに変わりはないだろうし、月日と共に景色の中に馴染み神さびてくるだろう。

犀川・伊良原地区は英彦山六峰の一座である蔵持山も聳え、英彦山との繋がりを今でも
色濃く残す山里でした。

★ つれづれに一句

  春愁や 英彦山流記を ひもとけば   yamahiko
    ・しゅんしゅうや ひこさんるきを ひもとけば





posted by やまひこ at 00:00| 史跡ご案内