2017年12月26日

石仏のおわす風景は

12月26日(火)

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道行く人を、やさしく見守るような。
英彦山を歩くときは、足元にも眼をやろう。

★ つれづれに一句

  石仏の おはす冬野の 麗らけし   yamahiko
    ・せきぶつの おわすふゆのの うららけし

英彦山には、路傍の石仏は何体あるのだろうか。
長年の風雪で朽ちかけているもの、首のないものなど、山中まで入れたら無尽蔵にありそうだが
盗掘されたのか、祠だけ残されているものもある。

来年はそれらを一体づつ撮って、記録に残すことを考えています。
地味だけども、来年の目標はこれにしよう。

石仏・石塔、英彦山石曼荼羅だ。






posted by やまひこ at 00:00| 史跡ご案内

2017年10月15日

おもしろき山 杉の山

 10月15日(日)

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英彦山は、杉の山でもあります。

昭和11年7月、英彦山を訪れた歌人吉井勇はこう詠んでいる。

・ 彦山はおもしろき山杉の山
      天狗棲む山むささびの山

この歌を詠んだ天狗杉は、豊前坊の参道を登ったところに聳えています。

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樹齢800年以上は経っていると伝わり、見上げてもまだ余りあるほどの威容に、誰もが立ち止まり
大きく一息つきたくなります。

山中には、鬼杉がある。

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南岳の麓には樹齢1200年の鬼杉(国天然記念物)があり、いつからこう呼ばれ始めたのかは
分からないが、北の「天狗」と南の「鬼」とは、いかにも修験道の山らしいと思う。

台風被害で倒壊してしまったが、正面登山コースには「千本杉」といわれる美林があったし、
奉幣殿境内には「泉蔵坊杉」という老杉があった。
なるほど英彦山は、吉井勇が詠んだように杉の山です。


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鷹ノ巣山の麓を津野集落の方へ少し下ると、「後家杉」がひっそりと、しかし風格を湛えている。

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後家杉は、鬼杉に次ぐ古木であろうと云われています。

その昔英彦山と下流の集落の境界として植えられたそうで、元は2本だったというが、風雪でいつしか
1本だけ残されたこれが、「後家杉」と呼ばれることになったそうな。
何かの資料では、鷹巣の一本杉と記録されているがこのゴケスギという名の方が、可笑しみがあり
親しみやすい。

まだまだ山中には人目に触れることなく、これら以上に樹齢を重ねている杉があるかもしれない。

★ つれづれに一句

  杉の名に 天狗や鬼や 秋高し   yamahiko
    ・すぎのなに てんぐやおにや あきたかし




posted by やまひこ at 11:50| 史跡ご案内

2017年03月30日

耶馬溪・古羅漢へ

3月30日(木)

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久しぶりの、耶馬溪・古羅漢です。

異様な岩稜の山容に、興味深々になりますよね。
古羅漢の景と呼ばれる景勝地で、山頂近くの岩窟には昔の堂宇が残り、霊場でもあります。

古羅漢の呼び名は、山上に羅漢様が並んでいる様相からつけられたからであり、その昔
此処にある石仏が一夜のうちに羅漢寺へ飛び移ったといわれる伝説の地でもあります。

日田耶馬英彦山国定公園の一角という事もあり、英彦山にも通じる岩質や、何よりも霊場として
同じ空気・匂いを感じるのです。
そして、英彦山から野峠を下りほんのお隣と云う距離なのが好い。

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まず、由来書きをお読みください。

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登り始めると石仏・石塔など石造物が至る所にあり、それが好きな者には応えられない
スポットでもあります。
急な石段を上ると、通り窟のようになっていて羅漢が立ち並んでいる。

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英彦山の梵字岩付近にはかつて通り窟があったというが、このような造りだったのだろうかと
想像したりする。
中央の堂宇には、室町時代作の観世音菩薩坐像が安置されているがチラリとしか見えない。
ここを進むと、下からも見えていた「天人橋」だ。

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天人橋の、アーチ越しに見た景色。

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鎖伝いの細い道を行くと、山肌に宝塔が整然と鎮まっているのが見える。
その昔豊前・豊後一帯には、「ウサ・ラカ・ヒコ・クボ」と云う言葉が伝えられていたそうな。
それは一生のうちに、宇佐神宮・羅漢寺・英彦山・求菩提山を参拝すると、後生の安泰が約束されると
いうもので、それを心のよりどころとしていたという。

人々の深い想いで、踏みしめられている道だ。

★ つれづれに一句

  春愁や 祈りの道を 行くほどに   yamahiko
    ・しゅんしゅうや いのりのみちを ゆくほどに

などなどを考えながら登り詰めた岩上に、鎮座している国東塔。

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風雪ですっかり苔むしている国東塔に、国東六郷満山を思い宇佐・英彦山・更に求菩提山との
繋がりへと想像は膨らむばかりだ。

眼下にはのどかな田園風景が広がり、ここで一休み。

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一巡りして、天人橋まで戻ってきた。

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ゲンカイツツジは例年より開花は遅いようでまだ固い蕾、シュンランも花の支度中で
落ち椿だけが彩りを見せていた。
ちょっとディープな、史跡巡りを楽しむ耶馬溪・古羅漢でした。










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