2018年06月11日

桧原山、長岩城址へ

6月11日(月)

先日は史跡巡りのお誘い、行き先は耶馬溪の桧原山(735Ⅿ)で豊前市のガイドボランティアの
会員さんが案内してくれるという。
ハイ、行きましょう〜となり、英彦山からはガイドの植田さんと新メンバーの友枝さんの3名が参加。

英彦山から野峠を下り守実を抜け、津民に入り集合場所の登山口駐車場まで約1時間20分で到着で、
この山は何回も来ているが、本当に英彦山のお隣さんという近場に感じる。
今日は勉強会だ、宜しくお願いします。

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その昔英彦山を頂点として、「英彦山六峰」と云われる山々があった。

求菩提山(豊前市)・松尾山(築上郡大平村)・福智山(北九州市)・蔵持山(京都郡犀川町)・
等覺寺(京都郡苅田町)・それに桧原山の六座を云います。
つまり英彦山の末山だったということで、当時の修験道遺構が色濃く遺されていると云う訳です。

梵字鳥居を潜り、歩き始める。

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石造りの宝塔などを見ながら登って行くと、正法寺本堂に出る。
587年釈正覚上人が犬ヶ岳に長福寺を創立し、その後に寺をこの地に移し、一寺を建立したのが
この山の開創。天平勝宝4年(752年)勅願所と定められ、以来山を桧原山、寺を正平寺と称するようになった。
ここの横から、山道に入り登って行く。

奇岩、大岩の連続で、どれも英彦山に共通する「気」のようなものを感じ、説明を聞くほどにその昔に
思いを深くするばかりです。
やがて奥の院に到着、三基の祠が祀られています。


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山頂で皆さんと集合写真。
ここから少し奥に入ると巨石が三体あり、さてこれは・・・。
太古の昔、神が降臨された地ではないだろうか・・などなど暫く想像を巡らせるが、史跡巡りは
こういう時間が面白いものです。
さて、周回コースを下ることにしよう。

下山するともう一か所近くの、「長岩城址」も案内してくれると云いこれは嬉しい。

長岩城は、川原口にある山岳城で、下毛郡の支配者であった豪族野中氏22代399年間の居城です。
初代城主野中重房が、建久9年(1198年)創築し、南北朝、戦国時代に増改築されました。天正16年(1588年)黒田長政の大軍に攻め落とされ、以後廃城となりました。
               (中津市公認観光サイトより)
以前NHKの大河ドラマ「軍司 官兵衛」が放映された折に、ブームとなった山城址でいつかは
訪ねてみたいと思っていたのです。
    
さて、国道212号から県道へ入り山国川を渡り永岩小学校方面を目指し、やがて小さな駐車場へ着く。
其処から杉林の中へ入り登り始めとなります。

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谷川に沿って一之城戸、二之城戸、三之城戸の3段構えで防備を固めていたその名残や、陣屋跡や馬場の
跡も見ながら進んで行く。
英彦山もそうだが山中の累々とした石の造形物は、そこだけ時が止まったような静けさを感じるもので
「つわものどもの、夢の跡」のように感じるものですね。

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途中イワタバコの葉が密集した大岩に立ち止まったり、これの花の時期はどんなに見事だろうと
思うが、さて去年の花ガラがないなぁ・・、等々賑やかしい事だ。

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ほぼ垂直のハシゴを登る、ここから先にある石積櫓「楕円型砲座」は石造の櫓としても、構造的にも
全国に類例を見ない貴重なものだというが、そこへ行くにはもう時間がない。
ここで終わりにしよう〜〜となって、あぁ残念。

予備知識も何もなくて来てしまったがこれで終わらせては勿体ない、次は下調べを充分して来なくては!
そう思わせる、長岩城址でした。
皆さんお世話になりました、有り難うございました。

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帰りに相の原林道から見た、英彦山の北岳と刈叉山。

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先日取材を受けた、私達の「添田町観光ガイドの会」。
毎日新聞と西日本新聞に掲載されました、有り難うございました。








posted by やまひこ at 03:28| 史跡ご案内

2018年05月29日

豊前坊の狛犬は

5月29日(火)

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北岳コースへの登山口でもある、豊前坊。
まず参拝して・・、と云う時にもすっかりお馴染みの社殿ですが、いつも気掛かりになっている
モノがあり、それは一対の狛犬です。
社殿へ上る石段の下に、鎮座している。

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向かって右の狛犬の正面と、側面。


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左側の狛犬の正面と、側面。

どうですか・・、チョット愛嬌があるでしょう・・?
お座りをした姿が何とも素朴で愛らしく、一般的な獅子型狛犬と比べて小型で威圧感が全くなく
ほのぼのと参拝者を迎えているようだ。

聞くと狛犬マニアやその筋の(?)研究者が訪ねて来ることもあるといい、彼らが口を揃えて
云うには、これは相当に古式の狛犬らしい。
不思議と云うか謎は、普通狛犬の一対は正面を向いているものだが、これの左側の顔だけが
横向きになっていることだ。
英彦山の資料にもまったく載っておらず謎めいているが、こうなってくるとこれの来歴を
知りたくなってくると云うものです。

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北部九州も梅雨入りしましたね。
これから長雨で梅雨籠りをすることが多くなってきますが、こういう時は「狛犬調査隊」も
面白いかもしれない、分かったことがあれば叉お知らせしますね。

★ つれづれに一句

   読み耽る 故事来歴や 夏灯し   yamahiko
    ・よみふける こじらいれきや なつともし





posted by やまひこ at 06:25| 史跡ご案内

2018年05月08日

智室窟へ

5月8日(火)

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南岳や四王寺滝へ行く時は、いつも素通りしてしまってる智室窟。
久し振りにあの静けさの中に立ってみようと思い立ち、たった一人の史跡巡りへ。

智室谷の坊舎跡の石垣を大きく曲がり、すぐ左に見えてくる石段を登ると、たちまち鬱蒼とした
木立の中になり、この時期は遠くの谷からツツドリの鳴き声が聞こえて来る。
石段も土砂でかなり荒れてはいるが、その昔に丁寧に積まれた石畳であることが良く分かる。

100Ⅿほど登ると、智室窟に到着だ。

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この窟は当時の様子をよく残しており、その昔の堂宇などの建築物の跡と思われる礎石なども残り、
そしてここの特徴は、大岩の下にずらりと並んだ19基の板碑です。
板碑とは供養の為に建立した塔婆の一種で、英彦山のそれは自然石を適当な大きさに打ち欠いたような
形になっています。

それぞれの中央上部に梵字が彫られ、その下に建立の願文、建立者名、年号などが刻まれています。
そしてその梵字は、ほとんど虚空蔵菩薩で阿弥陀如来もありますが、虚空蔵菩薩を刻んだ碑が
多いためここは「虚空蔵窟」とも云われ、地元の古老は「コクウゾウさん」などと呼び慣らしている。

最古の板碑は嘉吉2年(1442年)とあるので、約600年前のものと分かります。
そして三十三回忌と刻まれているので、追善供養三十三回忌を無事に終えた記念に、
建てられたのだろう。

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立派な手水鉢や五輪塔などからも、かなりの規模の修行場だったことが分かり、何よりも今でも
参拝者があることが、まだ新しい線香の跡や供えられている賽銭からも窺がえます。

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敷地内にある、屹立した大きな岩。
ここも信仰の対象になっていて、窟が陰そしてこの岩を陽と見立て、対比をなしています。

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この日は照り陰りが激しく、日が射しこむのをじっと待っていたりしたので、小一時間ほど経って
いたみたい、遠くから正午を知らせるチャイムの音色が響いてきた。

時間も何もかも遮断されたようなこの空間から、そろそろ帰ることにしよう。
次は紅葉の頃に来れば、それも見事だろうな。

★ つれづれに一句

  神域は 木陰が多し 風渡る   yamahiko
     ・しんいきは こかげがおおし かぜわたる


こんな花、見つけたよ。

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ツクシタニギキョウ。

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キランソウ。

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ミズタビラコ。

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キンラン。





posted by やまひこ at 00:00| 史跡ご案内